現在、ショッパーズプラザを名乗る店舗は数店舗となっているが、かつて、ダイエーは全国各地に数多くの「ショッパーズプラザ」を展開していた。
創業以来、各地への出店とともに規模を拡大してきたダイエーは、1970年前後になると、既に商店街や市場が形成されていた場所に、自治体による戦後の市街地再開発と連携し、商店街や市場を代替する形での出店を進めるようになる。この出店に際して、商店主会など地元組織が設置した建物にダイエーがキーテナントとして入居する方法のほかに、ダイエーが設置した建物に、直営のスーパーマーケットである「ダイエー」に加えて専門店を多数入居させる方法も採用され、この形態の商業施設について用いた名称が「ショッパーズプラザ」である。代替元となった商店街や市場の店舗については、これらが専門店街に軒を連ねた例や、あるいはダイエー出店に合わせて店舗を閉じ店主がダイエーの売場従業員となった例など、さまざまであった。
この当時誕生したショッパーズプラザには、大阪市内の「京橋ショッパーズプラザ」(現:ダイエー京橋店)や、子会社のダイナハ(1994年にダイエーに合併)が那覇市内に開店した「那覇ショッパーズプラザ」(のちのダイエー那覇店。2005年に閉店)などがある。
その後、チェーンストアの規模拡大志向に対応し、ダイエーもGMSに専門店を付加したショッピングセンター(モール)型の店舗を一時期志向し始め、これらの店舗にも「ショッパーズプラザ」あるいは「ショッパーズモール」を用いるようになる(ショッパーズモールマリナタウンなど)。しかし、同時期に、さまざまなデベロッパーにより、広大な敷地をもって開業した大規模な商業施設が多数存在するようになり、しかも年々その規模は拡大化する傾向にあった。一方でダイエーは経営悪化が表面化し、既存店舗の閉鎖を進める必要性が生じるほどとなっており、どんどん大規模化するショッピングモールを新規出店する余力は既にない状態になっていた。ショッピングモールが大規模化する中で、また、経営再建策として元からの「ダイエー」店舗の売場にも他の業者を出店させるようになりショッパーズプラザとの違いがなくなってきたことも受け、既存の「ショッパーズプラザ」の多くは「ダイエー」に改称されていった。
2006年には、ダイエー海老名店を業態転換により「ショッパーズプラザ海老名」とした。元からの「ダイエー」店舗の売場に他の業者を出店させる点では既に他店舗で多くの実例があったが、他の業者の出店エリアを専門店街として直営売場とは明確に区別した点では新しい試みであった。直営売場と専門店街との区別の結果、「ショッパーズプラザ海老名」が誕生し直営売場は「グルメシティ海老名店」に変更された。なお、直営売場と専門店街との相乗効果を図る目的で、子会社[1]の株式会社OPAで使われている「プロパティマネジメント手法」を導入している。